町家点心

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鱧のあれこれ

                                 

主な産地

瀬戸内沿岸
淡路
徳島
愛媛
(総じて内地ともいう)
韓国

鱧(はも)ってこんなおさかなです

獰猛ですが 犬顔で 何となく可愛いかな
たまに 釣り針ついてます

口の中はこんな感じ

歯が鋭くて 上あご中央に縦に別に1列並んでます
噛まれたら怪我します 要注意

鱧(はも)の落しの作りかた

1.はもの背びれを抜いて腹開きにしたところ

2.骨切り包丁での骨切り

3.骨きりした鱧(はも)

4.沸騰したお湯に4、5切いれ

5.再沸騰してきたら20秒程で

6.氷水に落として急速に冷やす

7.ざるにあげて水気を切り 出来上がり

梅肉醤油、酢味噌、山葵醤油いずれかで召し上がれ。
鱧(はも)の旨みがよくわかるのは、やはり醤油です。
梅肉は後味がさっぱりしていて夏の暑い時期にはピッタリ。

鱧(はも)はいつごろからたべられていたのか

あまりにも小骨が多いために調理器具の発達を待たなければならず、現在のようなはも料理は堺の鉄砲鍛治集団が江戸初期、戦の無い世の中になり 打刃物にシフトして以降のことで、日本刀に近い鱧切り包丁出現の近世以降と言われています。


定説では

 鱧(はも)は生命力が他の魚に比して大変強いため海から遠い内陸部の京都の地に鮮度を落とさず運んで調理することができ、京の夏の味覚となった、と言われています。


文献では

八目鰻と混同している文献が江戸初期迄のものに多いし


絵画では

かの有名な若冲の動植綵絵の群魚図に鱧(はも)が描かれていないのが大変不思議です。
(若冲は京の錦市場の青物問屋の主でした)


実際に鱧(はも)は 出しにも使われていた

京都では、2003年の本田甲斐守京屋敷の廃棄物土坑発掘調査から江戸初期寛永年間1625〜1650の大量の魚、貝、動物の骨が見つかっていてそのなかに縦割りした鱧(はも)の頭部があることから、出しをとっていたことが分かり 当時マダイなどと共に普通に食べられていたことが判明しています。
やはり当時から食べてたんですね